先進地CERNに学ぶ(3)地域貢献/催しや授業の浸透図る

河北新報

 

 

<城壁内の国家>
「城壁の中の独立国家のような研究所だった」
スイス・ジュネーブ近郊に1954年に設立された欧州合同原子核研究所(CERN=セルン)のかつての姿だという。スイスと接するフランスのフェルネー・ボルテール村のフランソワ・メイラン村長が独特の言い回しで表現した。
村は、50年代から人口が増加。スイス・ジュネーブに国際機関が集まるとベッドタウンとしてさらに増え、1000余りだった人口は9300に膨らんだ。住民の国籍は100カ国以上に上る。映画館や三つの劇場があり、文化教育施設の充実ぶりは群を抜く。
CERNも人口増に大きく貢献したが、最初から地域に溶け込んでいたわけではない。
村には、国境付近の地下に計画された円形加速器LHCの建設に絡み、道路整備が見直しを迫られた苦い経験もある。村内に深さ100メートルの立て坑が掘られ、周辺の土地がフランス政府に買収された。
「CERNからの説明はいつも何かが決まった後。一緒に地域をつくる姿勢に欠けていた」とメイラン村長は指摘する。

<疑心暗鬼招く>
巨大施設のLHCが完成した2008年、地域住民を対象に行ったアンケートの結果に、CERN関係者は衝撃を受けた。一般住民だけでなく、理科教師でさえ、「CERNが何をする施設か知らない」と答えていたからだ。
農地の中にぽつんと立つ実験棟、フェンスに囲まれた巨大なタンク。一見異様な施設群が広がる。「何か怪しいことをしているのでないか、そんな不安も生んでいた」とCERN地域連携部門のコリン・プララボリオ副長は振り返る。
危機感を持ったCERNは地域との関係見直しに着手する。まず地元の学校への働き掛けを強化。中学校の教師向けに研修を実施したほか、小中学生や高校生を対象に特別授業も行った。
周辺自治体と協力し、一般市民が参加する大型イベントを初めて企画した。LHCの関連施設など10カ所を自転車で巡ってもらう試みだ。
メイラン村長も「少しずつ姿勢がオープンになってきた。教育面でも好影響が出始めた」と評価する。その上で「産業面でもCERNが地元に貢献してくれるとうれしい。もっと地域に浸透してほしい」と注文する。

<半分が人件費>
CERNの年間予算約1000億円のうち半分は人件費。消費面での地域経済への貢献は大きい。ただ、技術移転などを通じ産業の高度化に役立つ取り組みはほとんど見られない。CERNは欧州20カ国の共通財産。特定地域への支援が難しい事情も指摘されている。
ことし4月26日、線形加速器の国際リニアコライダー(ILC)の東北誘致に向け、仙台市で開かれたシンポジウム。国内科学者でつくるILC戦略会議の議長を務める山下了東大准教授は講演で訴えた。
「ILCは、CERNのような国際的な運営を行うとともに、産業集積が進む米国のシリコンバレーも目標にしていく」
ILC誘致を実現し、震災復興を後押しするためにも、研究所と地域とのあるべき関係を今から考えておく必要がある。

[フェルネー・ボルテール村]18世紀啓蒙(けいもう)主義の哲学者で作家のボルテールが晩年の20年を過ごした村として知られる。村の予測では2030年に人口が1万5000に増える見通し。毎週土曜日に開かれる朝市が有名。