【夢のリニアコライダー(最終回)】宇宙の誕生「1兆分の1秒後」を再現 ノーベル賞級の発見相次ぐ可能性 ILC戦略会議の山下議長に聞く

産經新聞

 

 

  宇宙の謎を解明する次世代の巨大実験施設「国際リニアコライダー」(ILC)。脊振山地(福岡、佐賀両県)か、北上山地(岩手県)に建設される可 能性が大きくなる中、計画推進を担ってきた「ILC戦略会議」の山下了議長(東京大准教授)に、ILCの意義と課題について語ってもらった。(田中一世)

宇宙は砂粒のような高エネルギーの塊から始まり、3回の突然変異の後、ビッグバンが起きました。この間、1兆分の1兆分の1兆分の1秒です。この刹那の瞬間に、宇宙のおおよその姿が決まったのです。

しかし残念ながら現在は、宇宙が誕生してから1億分の1秒後以降の状況しかわかっていません。

ILCでは加速器を使って素粒子を光速でぶつけ、宇宙が誕生して1兆分の1秒後の世界を再現することができます。宇宙創成のカギを握る「1兆分の1兆分の1兆分の1秒の世界」にギリギリまで近づけるかもしれないのです。

宇宙を追究する試みは、アリストテレスら古代ギリシャ時代から続けられてきましたが、それはずっと空想の宇宙論でした。今では科学的にかなり正確に知ることが可能になってきていますが、ILCはその切り札となるでしょう。

ILCは、最終的には多数の国が政府間協定を結んで国際研究機関を設置し、運営していくことになります。これだけの経済大国・日本なのに現在は国連大学(東京)しか国際研究機関がありません。日本は「ガラパゴス化」しているのではないでしょうか。

国 内最大の国際研究機関になるILCには、国際宇宙ステーション(ISS)より多くの国が参加する予定です。それだけでもものすごい価値があると思いませ んか? 住民の半分が外国人という地域もできるかもしれませんね。初めての体験なのでどれほどのインパクトを日本にもたらすか、正直やってみないとわかり ません。壮大な社会実験ともいえるでしょう。

 ●加速器技術で産業拠点も

新 粒子を発見したとして、そのこと自体がすぐに産業界に役立つわけ ではありません。でも素粒子を生み出す加速器技術はこれまでも多くのイノベーション(技術革新)をもたらしました。レントゲンもブラウン管テレビも携帯電 話も燃料電池も、加速器を応用して開発したんですよ。

そんな加速器の最先端に位置するのがILCです。最先端の加速器技術と研究者がホス ト国に集まってくるのです。新たな技術開発が行われ、産業が生まれ、企業が集まり…。加速器技術を核とした産業拠点になる可能性があります。スタンフォー ド大学を中心にIT系のベンチャー企業が続々と生まれた「シリコンバレー」(米・カリフォルニア州)がいい例でしょう。

また、最先端医療の大半は、加速器技術から誕生したといっても過言ではありません。PET診断は、加速器で陽電子を作り、ブドウ糖のような薬剤に混ぜてがん細胞に届かせることで、がんを発見する方法です。

現在は、ホウ素化合物を取り込ませたがん細胞に加速器で発生させた中性子をぶつけて破壊する新たな治療法「ホウ素中性子捕捉療法」の研究開発も進められています。

そ れに近年は原発の放射性廃棄物処理が問題になっていますよね。加速器で中性子を叩き込み、原子核の性質を変える「核変換」という技術を使えば、プルトニ ウムなどの処理時間を100分の1に短縮できます。あるいは中性子を建造物に放射し、透視することで老朽化具合を調べる正確な非破壊検査も可能になるで しょう。

私たち研究者は今後、科学だけでなく、こういったメリットも広くアピールしていく必要があるのだと思っています。

現在はILC戦略会議が設けた立地評価会議で、両候補地の地質やインフラなどの適性を詳しく調査し、評価書をまとめる作業を進めている最中です。夏には政府に提出できるでしょう。

●自治体、産業界で知恵を

ただ、私が言えることは、ILCができたからといって、経済が勝手に発展していくわけではないということです。

海 外から最高レベルの研究者を集め、最先端技術の集約拠点をつくる。そこまでは私たち科学者グループが責任を持ってやれます。でもそれをどう活用し、産業 振興につなげていくのか。要するに「どうやってシリコンバレーを作るのか」は、国や自治体、産業界が知恵を出して進めていかなければならない話だと思いま す。自治体や産業界の皆さんから経済波及効果をよく聞かれるのですが、「皆さん次第です」とお答えしています。

現段階では、ILC計画は、研究者だけで話を進めているような状態でして、スポンサーである各国政府は加わっていません。つまり計画に実体がないのに等しいのです。

次 の段階として、政府が入った国際組織を作り、財政負担割合や役割分担について交渉を進め、段階的に合意を重ねていかなければなりません。日本政府が最終 的にゴーサインを出すのはその先でいいのです。ですから今後の見通しを聞かれても「まだわかりません」としか言いようがないんです。

●国民的議論に期待

日本政府の財政負担を心配する声もありますが、私たちの悩みはむしろ、ホスト以外の国がどれだけお金を出してくれるのかということなんです。人、技術、企業が集まるホスト国が圧倒的に得するからです。

ス イス・ジュネーブ郊外のフランスとの国境にある現在世界最大の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の場合、周辺に産業拠点が形成されていません。欧州 20カ国が出資する国際研究機関が運営していますが、基礎研究だけを行い、モノづくりなど産業育成はやらないことを条約で決めているからなんです。ホスト 国だけに産業が集中しないための配慮です。

 でもILCにはそういう縛りはありません。ですから経済やエネルギー、他の科学技 術分野なども含めた大きな視点を持ち「そこはうちが一肌脱ぐから ILCはうちで…」という風に、さまざまな国際協力を話し合いのテーブルに乗せながら、上手に交渉が進められるのだろうと思っています。

ILC が完成すれば、ノーベル賞級の素粒子がいくつも発見される可能性が飛躍的に大きくなります。そこにアジア、欧州、米国、中東などから宗教やイデオロ ギーを超えて研究者たちが集い、宇宙の謎を解くために力を合わせて研究を進めていく。そんな世界中の注目を集める場所になります。

報道では「誘致合戦」という形で建設地選びが注目されていますが、費用(税金)を出すのは国民の皆さんです。ILCが文化、経済、社会に対してどのような意義があるのか、今後、国民的な議論が深まっていけばうれしいですね。

山 下了(やました・さとる) 東京大学素粒子物理国際研究センター准教授。専門は素粒子物理実験、加速器科学。昭和40年、千葉市生まれ。平成元年、京都 大理学部卒。6年に大学院理学研究科博士課程を単位取得退学。CERNにも長年滞在し、1998年から2001年にはヒッグス粒子探索グループの統括責任 者を務めた。

=おわり