【夢のリニアコライダー(3)】研究者「日本に建設してもらうしか…」 負担は最低5000億円 商業・軍事転用の魅力も乏しく

産経新聞

 

 

 「欧州の素粒子物理学研究では日本が大きく貢献しており、多大な協力に感謝しています。われわれの新しいILC計画でも日本に大いに期待しています」

宇 宙誕生の謎を解き明かす次世代実験施設「国際リニアコライダー」(ILC)建設計画を進める研究者グループ「リニアコライダー・コラボレーション」 (LCC)。その最高責任者(ディレクター)であるリン・エバンス氏は3月27日、首相官邸を訪れ、安倍晋三首相にこう語った。

事実上の立候補要請だった。首相は「ILCは人類の夢ですから大きな挑戦だと思います。今後研究が発展することを期待しています」と笑顔で応じながらも受け入れるかどうかは明言を避けた。

理由は一つ。あまりに巨額な負担が伴うからだ。

昨年12月に公表されたILC技術設計報告書によるとILC本体の建設事業費は8300億円。これに測定機器や関連施設を加えると1兆円を優に超えるとみられる。周辺のインフラ整備を含めるとさらに金額は膨れあがる。

LCCでは、建設事業費の半分を立地国に求め、残りを他国や国際機関に求めるとしている。つまり日本政府の負担は少なくとも5000億円前後。いくら財政出動を厭わないアベノミクスを実践中とはいえ、おいそれと受け入れを表明できる額ではない。

 それでもエバンス氏との面会に応じた首脳は安倍首相だけとあって、世界中の素粒子物理学者の日本への期待は一気に高まった。エバンス氏は首相と面会後、「してやったり」という表情でこう語った。

「日本は非常に複雑な装置をつくれる数少ない国であり、国際協力では非常に信頼できるパートナーです。ぜひリーダーシップをとってほしい!」

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ILCは、全長31キロの直線トンネルで電子と陽電子を正面衝突させ、宇宙誕生の瞬間「ビッグバン」を再現する巨大な実験施設だ。LCCは技術力や資金力、岩盤の強固さなどを勘案した上で米国、スイス、ロシア、日本の4カ国を有力な候補地として挙げる。

5年ほど前までは研究成果と経済効果を期待して欧米各国が誘致合戦を繰り広げていたが、あまりに巨額な出費を伴うために各国は次々と手を引いていった。

理由の一つには「大型ハドロン衝突型加速器」(LHC)の苦い経験がある。

LHCは、英独仏など欧州20カ国が加盟する欧州合同原子核研究機関(CERN)が2008年から運転するジュネーブ郊外(スイス-フランス国境)の巨大実験施設。昨年7月には「ヒッグス粒子発見」という大きな成果を上げた。

だが、巨額の建設費に加え、年間12億スイスフラン(1200億円)の運営費は各国に重くのしかかる。

 しかも年間利用者1万人のうちもっとも多いのは非加盟国である米国の研究者1700人。欧州には「出資していない国が最もサービスを利用するのは問題だ」との不満がくすぶる。

2010 年に火がついた欧州債務危機はなおくすぶっており、欧州各国がLHCに続いてILCまでも受け入れ、建設・運営費を負担する可能性は極めて小さ い。また、LHCを改良してさらに30年間稼働させる計画もあり、CERNに2つの巨大施設を平行運営する余力は乏しい。

となると、残る候補地は米国と日本しかない。

も ともと、誘致に熱心だったのは米国だった。ところが、米政府と米議会は2007年、イラク戦費がかさみ財政難に陥ったことを理由に6千万ドル計上されて いたILC技術開発予算を1500万ドルに減額してしまい、これを機に米国は事実上ILC誘致から手を引いてしまった。研究者たちはこれを「ブラック・ ディセンバー」(暗黒の12月)と呼ぶ。

米国はクリントン政権下の1993年、国際協力で進めていた「超伝導超大型加速器(SSC)」の 建設計画を中止した“前科”もある。中止時点ですでに約20億ドル(約2千億円)を費やし、地下トンネル20キロ以上を掘っていた。それだけに研究者にも 「米国はNO」との声は少なくない。

つまり頼みの綱は日本のみ。「もう日本に建設してもらうしかない」-。実はこれが世界中の研究者の本音なのだ。

欧州各国が及び腰になった理由はまだある。ILCによる研究成果が産業の育成・発展に結び付く「うま味」が想像しにくいことが大きいようだ。

国際協力による実験施設の前例としては、2011年7月に完成した国際宇宙ステーション(ISS)がある。1980年代に計画がスタートすると先進各国がこぞって事業に参入し、現在は日米欧15カ国が計8兆円を出資した。日本もこれまで7千億円以上を支出している。

これほど各国が計画を熱心に後押ししたのは、ISSでの研究が、情報通信や気象観測などの産業分野に直結するだけでなく軍事転用も十分可能だと踏んだからだ。米国が巨大加速器SSC計画を中止したのも同時進行していたISS計画を優先したからに他ならない。

そのISSでさえ、米を含む参加国から「費用対効果が小さい」と不満が噴出し、2020年までの運用期間延長の見通しが立たない状況に陥ってる。

ILCでの研究はISS以上に商業転用は難しい。先例となるLHCは立地国に恩恵が集中するのを防ぐため「基礎研究への専念」を掲げ、研究成果の産業化を条約で制限している。

ILCにそんな制限はないが、たとえ暗黒物質(ダークマター)の正体が分かったとしても商業転用は難しい。ましてや研究成果を元に「ダークマター爆弾」や「ビッグバン砲」が開発される可能性はほぼない。米国政府が関心を失った理由もそこにあるとみられる。

この現状を見る限り、日本が受け入れを表明すれば、半額負担では済まなくなる。そもそも半額負担の話は研究者グループが言っているだけで各国が合意したわけではない。落ちぶれたとはいえ、なお金持ち国である日本が手を挙げれば、欧米各国は一斉に出資を渋る公算が大きい。

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それでも、故湯川秀樹京都大名誉教授をはじめ7人のノーベル物理学賞受賞者を生んできた日本の物理学会にとっては2度と巡ってこないチャンスであるのは確か。ある素粒子物理学界関係者はこう打ち明けた。

「ここから先は費用負担を巡る条件闘争になるだろう。日本が積極的に手を挙げたら負担を一気に押しつけられる。『各国から負担の約束を取り付けることができるならば』と粘りに粘って交渉を続けていけば…」

つまり「待てば海路の日和あり」ということか。

研究者グループ「ILC立地評価会議」は7月までに国内2候補地の適地評価書をまとめ、政府に提出する予定。政府はこれを基に、受け入れの是非を判断することになるが、夢とロマンと名声の為に大枚をはたくかべきか。首相は厳しい決断を迫られる。