【夢のリニアコライダー(2)】 CERNに続く国際学研都市誕生 研究者年間1万人

産經新聞

 

 

  4月12日、福岡市中央区の電気ビル共創館で、宇宙の起源を探る素粒子物理実験を行う次世代実験施設「国際リニアコライダー」(ILC)のセミ ナーが開かれた。講師は九州大学先端素粒子物理研究センターの東城順治准教授。スイス・ジュネーブ郊外の「大型ハドロン衝突型加速器」(LHC)を運用す る欧州原子核研究所(CERN)で長年研究に携わった人物だ。

「ジュネーブにLHCがあることが市民の誇りとなっていて国際機関誘致の成功例だといわれているんです。福岡市は外国人も住みやすい国際都市であり、空港が近いなどジュネーブとよく似ている。国際機関が来やすい街なんですよ!」

東城氏がこう語りかけると、聴衆は福岡の近未来にジュネーブを重ねた。

ILC は、欧州、米国、アジアの研究者らでつくる「リニアコライダー・コラボレーション」(LCC)が進める巨大プロジェクトだ。脊振山地(福岡、佐賀両 県)が北上山地(岩手県)とともに候補地となったことを受け、九州経済調査協会などが誘致機運を盛り上げようと企画したセミナーだった。

ただ、福岡、佐賀両県の地元政財界が誘致に熱心なのは単に宇宙の謎を解明するというロマンに魅せられたからだけではない。ILC誘致によるさまざまな恩恵が透けてみえるからだ。

ILCを誘致すれば周辺地域はどう変わるのか。

「設計段階から国際協力で進められ、世界中から最先端の研究者が集まるILCは、日本で初めての真の国際研究所になります。世界に誇る国際学研都市が生まれるんですよ」

候補地一本化に向けて調査を進める研究者グループ「ILC立地評価会議」の川越清以・共同代表(九大先端素粒子物理研究センター長)は建設の意義をこう強調した。

LHC は昨年7月、「ヒッグス粒子発見」という大成果を挙げた。より高性能のILCが完成した暁には、ノーベル賞級の大発見が相次ぐ公算が大きい。脊振山 地に建設されれば、国際的な学術論文に「FUKUOKA」や「SAGA」などのクレジットが入り、福岡や佐賀が世界中の研究者や物理好きの少年・少女の憧 れの地となるに違いない。

そればかりではない。ILCの運用が始まれば、福岡や大野城、久留米、糸島、佐賀、唐津などの周辺各市には計6 千人の専従スタッフとその家族が居住し、ほかにも国内外の研究者が年間1万人訪れるとみられる。近くに国際的な研究機関や関連施設が進出し、国際学術研究 都市が誕生する。

誘致後の青写真はまだどこも策定していないが、先例はある。LHCのあるジュネーブ郊外だ。

LHCは、円 形の地下トンネル内に設 置した加速器で陽子同士の衝突実験を実施している施設。円周は27キロあり、山手線1周(34キロ)をわずかに小さくしたほどの巨大さを誇る。運営機関で あるCERNには2300人の専従スタッフが勤務し、欧州、米国、日本など50カ国以上から年間1万人以上の外部研究者が研究に参加する。このうち3分の 1は長期滞在者で、ジュネーブやサン・ジュニ・プイイ(フランス)など周辺の街で生活を営む。

CERNは教育機関としての役割も担っており、各国の高校の物理教師向け講座には年間1千人、小学生向け講座には400人が参加する。夏には世界中から理工系大学生数百人を集め、2カ月間のサマースクールを開いている。

研究者が地域住民向けの講演会や勉強会を開くことも多く、ジュネーブでは、理系大学への進学率が以前の20倍に増えたとの報告もある。川越氏はこう言って胸を張った。

「ILCは地域住民の宇宙物理学への関心を高める。日本の理系離れ対策の切り札になることは間違いありません」

「産業振興」の面でも期待は大きい。

CERNが、実験機材や材料などを購入する取引先は6千社以上。ハイテク部品の発注先の8割以上は、従業員100人以下の中小企業が占める。

福岡県新産業・技術振興課の担当者は「スイスやフランスのベンチャー企業の中には、CERNと取引しているという実績で信用とブランド力を高め、海外に飛躍したケースも多いんです」と力説する。

ILCの規模はLHCを上回る。技術力の高いベンチャー企業が建設地周辺に集まり、成長していく可能性がある。

福 岡、佐賀両県の財界や自治体、大学関係者が2月に発足させた「ILCアジア-九州推進会議」は、8年間の建設工事に伴い国内1・1兆円(九州内3400 億円)の経済効果を生み、7万2千人(同2万5千人)の雇用を誘発すると試算する。開設から20年間施設を運用すれば、研究者や職員の消費などで最大1兆 3千億円(九州内最大9800億円)の経済効果があり、延べ7万2千人(同5万6千人)の雇用を生み、合計2・4兆円の経済効果が見込まれると弾いた。

試算にILC関連産業の集積に伴う効果などは含まれておらず、推進会議関係者は「これでも控えめな数字だ」と説明する。九州経済連合会の松尾新吾会長(九州電力相談役)が「九州が一変するような想像もつかない発展を遂げる可能性がある」と息巻くのも無理はない。

研究者グループILC立地評価会議は7月までに、国内候補地一本化に向けた評価報告書をまとめ、これを基に政府が受け入れの是非を含めて判断する見通しだ。

では脊振山地と北上山地ではどちらが有力なのか。

評価会議は科学的な知見を最優先する。基礎調査段階では、脊振山地、北上山地はともに31キロの直線トンネルを掘れる地質と強固な岩盤を有する上、活断層もなく、建設に関する大きな問題は見つかっていないという。

インフラ面では脊振山地の方が有利にみえる。

何 より150万人都市である福岡市が近接していることが大きい。福岡空港も近くホテルや国際会議場も多い。福岡市の国際会議開催数が東京23区に次いで全 国2位という実績もあり、大規模な病院やインターナショナルスクールなどが整備されていることや、地震や津波などの天災が少ないことも好材料となる。

ただ、大都市に近接するということは、誘致に反対する住民もいるということでもある。逆に北上山地のある岩手県は東日本大震災の被災地であり「復興」という大義名分がある。自治体や住民の期待も大きい。

政治的な駆け引きも忘れてはいけない。

福岡県は麻生太郎副総理兼財務相の地元でもあり、安倍晋三首相の地元・山口県とも近い点は有利にもみえるが、逆に「我田引水」との批判も招きかねない。

一方、北上山地は、自民党政権にとって“仇敵”である生活の党の小沢一郎代表の地元。自民党政権がみすみす巨大利権を小沢氏に渡すことになりかねない。

「宇宙の謎の解明」-。たとえそれが人類の夢と重なるビッグプロジェクトであっても、誘致の裏側にはそろばん勘定とドロドロの人間模様がつきまとう。