【夢のリニアコライダー】 (1)ビッグバン直後を再現 31キロ巨大加速器 期待膨らむ地元財界

産経新聞

 

 

  なぜ137億年前にビッグバンが起き、なぜ宇宙が誕生したのか。生まれたばかりの宇宙で一体何が起きたのか-。そんな科学最大のロマンを解き明か す次世代の巨大実験施設「国際リニアコライダー」(ILC)が福岡、佐賀両県にまたがる脊振山地にできる可能性が高まっている。一体何が凄くて、どんな恩 恵をもたらすのか。世界が注目するビッグプロジェクトの真相に迫る。(田中一世)

「人類発展のために大変意義のある施設なんです。これを日本、そして九州に誘致したい。国会議員の方々にもぜひ支援をお願いします」

3月27日、東京・半蔵門のホテルの大会議室で、九州経済連合会の松尾新吾会長(九州電力相談役)は、九州・山口選出の国会議員50人に熱っぽく訴えた。小川洋福岡県知事、古川康佐賀県知事、有川節夫九州大学学長もそろい踏みでILC誘致の意義を説いた。

福岡、佐賀両県の経済界や自治体、大学関係者が、脊振山地でのILC建設を求めて「ILCアジア-九州推進会議」を発足させたのは今年2月。東京での「設立報告会」は、国会議員に誘致協力を求める“陳情集会”だった。

リニアコライダーという聞き慣れない言葉が北部九州の政財界でささやかれるようになったのは昨年暮れの衆院選直後だった。

昨 年12月15日、欧州、米国、アジアの国際研究者グループは1400ページに及ぶ「ILC技術設計報告書」を発表した。報告書には、ILCの設計や工法 が詳細に記されており、ILC建設に関する技術的な問題はほぼクリアしたことを明示していた。つまり、候補地が決まり、予算さえ付けばスタートできること を意味していた。

 そして研究者グループが白羽の矢を立てたのが日本だった。しかも国内候補地は北上山地(岩手県)と脊振山地の2つ。総工費は8300億円に上るという。

「も のすごい施設が2分の1の確率で脊振にできるらしい」「福岡、佐賀の名を世界に知らしめるチャンスじゃないか」「ドでかい経済効果があるそうだ」-。 アベノミクスによる景気回復への期待と相まって福岡、佐賀の政財官界ではこんな会話が瞬く間に広がり、誘致活動は熱を帯びていった。

ではILCとは一体何なのか-。残念ながら100%理解している人はほとんどいない。

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ILC は、電子と陽電子を全長31キロのまっすぐな地下トンネルで正面衝突させる実験施設だ。国際宇宙ステーション(ISS)、フランスの国際熱核融合実 験炉(ITER)と並び「21世紀の3大科学プロジェクト」に数えられる。これにより、宇宙誕生の瞬間の大爆発「ビッグバン」直後(1兆分の1秒後)を再 現することができ、「世界の成り立ち」を探ることができるという。

ILC計画は1980年代から各国が独自に推進してきた。2004年に国際協力により1カ所設置することで合意したが、その後、計画は停滞。ILCへの期待が一気に膨らんだのは、昨年7月の世紀の大発見がきっかけだった。

欧州合同原子核研究機関(CERN)がジュネーブ郊外のスイス・フランス国境で運営する大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の実験により、「標準理論」(物理学の基本ルール)による17種類の素粒子の中で唯一未発見だったヒッグス粒子が発見されたのだ。

 ヒッグス粒子は宇宙に存在する全ての物質にからみついて質量を与える重要な存在だが、詳しい性質は謎のまま。これを解明しなければ「宇宙の解明」作業は先に進まない。

また、ヒッグス粒子とともに研究者が追い求めてきた未知の素粒子「超対称性粒子」の発見という課題も残されている。

超 対称性粒子は、既存の素粒子と双子のように性質が似ているといわれる標準理論を超えた素粒子だ。理論上、宇宙の成分の23%は「目には見えず触れること もできない何か」である暗黒物質(ダークマター)が占めているとされ、超対称性粒子がその正体ではないかとも言われる。もし発見されれば、1970年代に ほぼ完成した標準理論を突き破り、素粒子物理学は新たなステージに入る。

これらの謎を解明するにはより高性能なILCで実験するしかない。色めき立つ国際研究者グループはILC技術設計報告書の発表に続き、今年2月には「リニアコライダー・コラボレーション」(LCC)を設立し、ILC建設に向け、精力的に動き出した。

では既存のLHCとILCはどこが違うのか。

LHCで衝突させる陽子は素粒子そのものではなく、素粒子の一種であるクォークが複数結合してできている。これに対してILCは素粒子である電子と陽電子をぶつけることができる。LCCの広報担当者はこんな例え話を披露した。

「小豆の粒の反応を見るのに、LHCは大福を衝突させるようなものです。余計な反応も起きてしまうし、計測もしにくい。でもILCならば小豆の粒同士を直接衝突させることができる。LHCで1年かかる作業が1日でできるといわれるほど性能差は歴然としています」

  ■国際リニアコライダー(ILC) 直線(リニア)衝突型加速器(コライダー)。地下100メートルに建設した全長31キロのトンネルで、ほぼ光 の速さに加速した電子と陽電子を正面衝突させ、宇宙誕生時のような高エネルギー状態を作り出す。そこから生じるさまざまな粒子を測定でき、ヒッグス粒子の 正確な観測や、宇宙を満たす暗黒物質の解析が期待される。アジア、欧州、米国の素粒子物理学者による国際共同研究チームが2020年代後半の稼働を目指 す。トンネルを50キロに延伸し、より大規模な実験を行う構想もある。

■大型ハドロン衝突型加速器(LHC) スイスとフランスの国境を またぐ地下100メートル、1周27キロの世界最大の円形加速器。欧州20カ国が加盟する欧州合同原子核研究機関(CERN)が建設・運営している。既存 のトンネルに、約49億スイスフラン(約5100億円)を投じて加速器と測定器を新設し、2008年に完成させた。年間運営予算は約12億スイスフラン (約1200億円)で、9割以上を加盟国が出資している。2300人のスタッフや研究者が働いているほか、日本や米国も含め年間1万人以上の研究者が実験 に参加している。