宇宙最大の謎 暗黒物質に挑む 宇宙と地上で証拠探し

産經新聞

 

 

宇宙最大の謎とされる正体不明の「暗黒物質」を探る新たな観測結果が今月、欧州などの国際チームにより公表された。存在の確証を得るにはさらに観測が必要だが、実体を解明できればノーベル賞級の大発見につながると関心を集めている。(草下健夫)

■未知の素粒子か

最新の研究によると、星や人間を構成している普通の物質は、実は宇宙全体の物質のわずか4・9%にすぎない。残りは26・8%が暗黒物質、68・3%が「暗黒エネルギー」で、いずれも正体は不明だ。

暗黒物質は光を出さないため目に見えず、「ダークマター」(暗い物質)とも呼ばれる。約138億年前の宇宙誕生時から存在する重い物質で、今も宇宙を満たしている。銀河の回転速度の観測から1970年代に存在が判明したが、検出は非常に難しい。

暗黒物質は宇宙進化の謎を解く鍵を握っている。初期宇宙では暗黒物質の密度に僅かな偏りが生じ、その重力で密度の高い場所に普通の物質が引き寄せられ、銀河が生まれたと考えられているからだ。

正体は素粒子物理学の標準的な理論では説明できない未知の粒子とみられている。「超対称性粒子」と呼ばれる複数の粒子のうち、電気的に中性で最も軽い「ニュートラリーノ」が最有力候補だ。

これらの候補物質は互いに衝突したり崩壊すると消滅し、電子や、電子と質量が同じで電気的性質が反対の陽電子に姿を変える。自然界では極めて少ない陽電子が従来の想定より過剰にあれば、暗黒物質の証拠の可能性がある。

■結論は持ち越し

欧 州合同原子核研究所(CERN)などの国際チームは2011年、宇宙線の観測装置「アルファ磁気分光器」 (AMS)を国際宇宙ステーション(ISS)に設置。1年半分のデータを分析した結果、陽電子は2500億電子ボルトまでのエネルギー領域で、過剰に検出 されたと発表した。

暗黒物質の痕跡をとらえた可能性があるが、これで決着ではない。陽電子は、星が一生を終える超新星爆発でできる中性子星(パルサー)などが放った可能性もあるからだ。現時点では過去の衛星観測の結果と同じで、全く判別できないという。

チームは今後、1兆電子ボルトまでのエネルギー領域を調べる計画だが、どの領域で起源を判別できる特徴が現れるか不明なため、結論を出せるかは未知数だ。

日本人で唯一、チームに参加する台湾中央大の灰野禎一(さだかず)助教(素粒子物理学)は「暗黒物質の間接的な証拠を、目をこらして探したい」と話す。

ISSでは来年、早稲田大などの観測装置「CALET」(キャレット)が日本実験棟「きぼう」に運ばれ、暗黒物質の探索を始める。AMSの10倍に当たる10兆電子ボルトまでの高エネルギー領域を観測できるのが特徴だ。

陽電子は起源が中性子星だった場合、星が存在する特定の方向から飛来するが、暗黒物質なら宇宙のあらゆる方向から来るはずだ。鳥居祥二早大教授(宇宙線物理学)は「AMSよりも多方向から観測できるので区別しやすい」と話す。

■加速器でも生成計画

暗黒物質は宇宙だけでなく、地上でも各国の研究チームがさまざまな手法で発見を競っている。

東大宇宙線研究所は岐阜県飛騨市の鉱山跡の地下に観測施設「XMASS」(エックスマス)を設置。地球に飛来する暗黒物質の直接検出を狙う。計画通りの感度を達成できず、稼働は当初予定の10年から遅れているが、鈴木洋一郎教授は「秋には実験を始めたい」と話す。

一 方、超対称性粒子を加速器で人工的に作り出し、宇宙との連携で解明を目指す計画もある。スイス・ジュネーブ郊外にあるCERNの「大型ハドロン衝突型加 速器」(LHC)では、発見確定が目前に迫ったヒッグス粒子に続く重要な研究テーマだ。さらに日本への建設が有力視される次世代加速器「国際リニアコライ ダー」(ILC)でも成果が期待される。

銀河や星々の誕生を導いた暗黒物質は、宇宙の“育ての親”。正体を解明すれば宇宙だけでなく物質への理解も飛躍的に深まり、科学や技術進歩の大きな糧になるだろう。